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「うた」

  • 執筆者の写真: おでん
    おでん
  • 2021年6月8日
  • 読了時間: 2分

こんにちは。おでんです。

まだ室内は涼しいですが、一歩外に出ると陽ざしの強さに思わず首をすくめます。

着る服が難しい時期になりました。


先日、楽しみにしていた京都薪能が中止となり、そのために空いた時間をせっかくなので謡本を読むのに費やしました。黙読していると筆跡の美しさにばかり集中してしまうので、最近は朗読しています。朗読すると強く感じるのは「うた」のリズムです。もちろんメロディーがないので歌とは違います。しかし言葉の流れや句点の位置に引かれて音読にリズムが出ます。節が無くてもやはり「うた」なのだなと思います。


「うた」といえば、能に関わることで思い出すことがあります。

他大学の能楽部さんの発表会パンフレットを拝見したとき、目を引いたコラムがありました。海外出身の方でしたが、能楽堂に響く謡がまるで讃美歌のように聞こえた、と。私も教会堂に響く讃美歌の響きは知っていますが、そのように思ったことはありませんでした。謡は低く響くもの、讃美歌は高く天井から降ってくるもの、という印象だったのです。このコラムの一節が(コラム全体が素晴らしく面白かったのもあり)頭に残り、次に能鑑賞をしたとき、「あ、これだ」と思いました。その時座布団を敷かずに冷えた板に座ったせいか、地謡の第一声のふるえが押し寄せ、びりびりと骨を伝い、頭頂まで貫きとおすような感覚がありました。そのときの震動は「キリエ」の最高音と同じ、まっすぐに背骨を震わせる振動でした。讃美歌は上から降ってくる、謡は地を這ってくる、その印象はやはり変わらず。それでも「おなじだ」と感じた一瞬は、鮮烈な体験となりました。


それを思い出してぞくぞくとしながら音読を続けます。読み続けるうちにどんどんと調子づいてきてキリの頃には勝手に盛り上がりが出来ている。節を消しているのに不思議な事です。どうやら「うた」としてつくられたものはどのような形でも、メロディーがなくても、「うた」であるようです。上から降っても、下からのぼっても、背骨を震わせ、調子を作るものなのです。


読み終わると雨が降り出しました。これは、自然の「うた」。眠たくなるようなリズムに昼寝をすることに決めました。

 
 
 

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